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林眞琴(はやしまこと)の経歴とプロフィール・黒川検事長の後任として内定

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林眞琴(はやしまこと)の経歴とプロフィール・黒川検事長の後任として内定

 

新聞記者経らと接待で賭けマージャンしたとして黒川検事長が辞職することが決まり、後任が誰になるのか?という話題がここ数日の間、話題となっていました。

黒川検事長は国民全体が自粛という状況の中、あまりにも非常識な行動はホリエモンさんにも『上級国民』と揶揄されています。

黒川検事長の辞職後の後任は名古屋高等検察庁検事長の林眞琴さんに決まりました。

今回は林眞琴検事長の経歴やプロフィールをまとめてみました。

 

林眞琴検事長の経歴とプロフィール

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  • 名前 林 眞琴
  • 読み はやし まこと
  • 生年月日 1957年7月30日
  • 年齢 63歳(2020年現在)
  • 職業 検察官・法務官僚
  • 高校 愛知県立時習館高等学校
  • 大学 東京大学法学部

林眞琴検事長は愛知県で生まれています。

東京高等検察庁に内定の前には名古屋高等検察庁で検事長を務めています。

 

林眞琴検事長の学歴

林眞琴検事長の卒業した高校

林眞琴検事長の卒業高校は愛知県立時習館高等学校です。

時習館高等学校は愛県内でもトップクラスの高偏差値の高校で現在の偏差値は70です。

また愛知県内の偏差値ランキングでは8位となっています。

学生の進学実績は国公立大学161名、私立442名と国公立の割合が高いことがわかります。

林眞琴検事長と同じ東京大学への進学は平成30年度は7名となっています。

時習館高等学校は公立で共学の高校です。

 

林眞琴検事長が卒業した大学

林眞琴検事長が卒業した大学は東京大学法学部第1類・私法コースです。

東京都大学といえば京都大学と並ぶ日本一の大学ですが、その東京大学法学部の偏差値は70.5と予想通りの高偏差値です。

東京大学法学部の進路は、学業を活かせる公務の割合が最も高く中央官庁には37名も内定しています。

民間での就職先が多いのは金融業で26名情報通信業で10名となっています。

また、より専門性を高める為に、大学院への進学も多く19名となっています。

(2018年のデータで、全体の人数は152名)

林眞琴検事長も法学部での学業を活かせる公務への進路を選んでいます。

 

林眞琴検事長の経歴

林眞琴さんは1983年に検事任官します。

東京地方検察庁特別捜査部検事として、1988年のリクルート事件や1997年の第一勧業銀行総会屋利益供与事件の捜査にあたっています。

2003年4月-2006年7月法務省矯正局総務課長を務めており、2001年-2002年に相次いだ名古屋刑務所受刑者暴行死傷事件後の刑務所改革や監獄法改正に携わった。

その後は法務省刑事局総務課長、法務省大臣官房人事課長に就任。

2012年4月 最高検察庁総務部長、仙台地方検察庁検事正に就任。

2014年1月 法務省刑事局長を就任。

2018年1月9日から名古屋高等検察庁検事長となりました。

黒川検事長の賭けマージャンでの辞職により、後任として東京高等検察庁検事長に内定。

林眞琴検事長が捜査していたリクルート事件とは

リクルート事件とは、簡単にいうと未上場のリクルートの子会社に当たるリクルートコスモスの株を当時の権力者である政治家や官僚などに譲与し、その後にリクルートコスモスが株を公開。

公開後に株を売却し6億円もの利益を得た戦後最大の企業事件です。

リクルート事件は江副浩正リクルート社会長が自社の政治的財界的地位を高める目的で、有力政治家、官僚、通信業界有力者にリクルート社の子会社であるリクルート・コスモス社の未公開株を譲渡しました。

林眞琴検事長はこの事件の捜査にあたっていました。

まとめ

林眞琴さんは理想的な経歴を経て、検事長となったことがわかりますね。

言葉にするよりも血の滲むような努力をされたことはエリート街道を走ってきたことをみれば手に取るようにわかります。

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